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昭和61年に創業しました、株式会社クリスタルクリエイトは2011年第一四半期に社名変更と本社所在地住所を移転いたします。
本社新住所は東京都中央区銀座8丁目207-12及び207-3となります。地下1階から2階は、社名変更後の株式会社クリスタルクリエイトホールディングスの傘下の中枢に位置する新会社である株式会社オートプロジェクト-D GINZAが入り、また3階には株式会社クリスタルクリエイトホールディングスが入り、合計5社の新体制を築き株式会社クリスタルクリエイトホールディングスがグループの財務、経営の運営をしていきます。
平成17年に設立の有限会社クリスタルインターナショナルを持株会社から株式会社に変更するのと同時に、建設資材の販売及び建設業務を定款上に追加をし、その運営もまた株式会社クリスタルクリエイトホールディングスが行う。
主力業務の輸出入(貿易)業務から卸売先として、日本国内における総販売元としてマテリアルの小売を行うと同時にイタリアの2輪部門メーカーの、マービング社の日本総発売元として2輪部品を販売し、マービングジャパン事業部を新たに設置する。そして、小売子会社4社体制でマーケット開拓及び独占を目指します。
株式会社クリスタルクリエイトは平成元年に現住所の埼玉県八潮市木曽根に移り現在に至るが平成15年までの間は株式会社クリスタルクリエイトが小売をし、販売事業部にオートプロジェクト-Dの屋号を使用していた。しかし、平成16年9月に販売会社を別法人化として切り離し、株式会社クリスタルクリエイトは輸出入、卸売を主な業務とし分離した。当社は本来、ドイツのメルセデスベンツの特殊な仕様装備モデルを得意とし、1990年代中期より知名度を日本全国の輸入車マニアに認知させ、数々のヒットモデルのオンリーワン商品を手掛けてきた。当社は一般の並行輸入業者とは業務が異なります。一般にいう並行輸入業者とは日本にある正規輸入会社に対して、その販売モデルの差別化すなわち価格、装備、納期が優位であることを販売コンセプトとしています。他業種で例えるならば輸入車の吉野家的(早い、安い、旨い)な戦略によってブームを起こすビジネスモデルです。1980年代中盤から並行輸入という言葉が使われ初め、その当時日本の正規販売ネットワークは日本にまだ現地法人が皆無で、輸入代理店が日本国内の販売からインポートを行っておりました。その為、日本の輸入、販売代理店はメーカーが、マーケットにはあまり関与しなかった為、価格設定をかなり高めに設定し、しかも日本市場が若かった為、人気モデル、人気色、人気装備の車輛の輸入が難しかったこともあり、並行業者としては、非常にそれが好都合であった訳です。1990年代になると日本に現地法人が設立され価格が一気に下がりました。湾岸戦争の頃は円がマルクやポンド、米ドルに弱含み並行輸入は一旦無風状態を迎えました。その後、日本経済はバブル崩壊となり、強豪が犇めき合う業界を自然に淘汰され地道に経営する会社が生き残り、90年代も後半にさしかかる1998年アジ通貨危機に端を発した景気低迷期、北海道拓殖銀行、山一証券が破たんに追い込まれ高級輸入外車のニーズはある程度まで下がってもそれ以下にはならないだけの低堅さを構築されていて、日本人にとっての成功のステイタスに揺るぎない存在価値を創り上げていました。
すでに、1994年には一台単価2000万以上の市場が完全に出来上がっていて、2008年のリーマンショック後であってもマーケット規模は14年間の間ずっと、年間200億から230億円の間を推移して完全な独自のマーケットを形成する結果となっていました。1台単価が1000万円の輸入車マーケットはさすがに景気の動向に比例し300億円から500億円を推移しています。しかし、私達の調査によればそれ以下の1000万以下の輸入車は景気の影響を直撃し多い時には1000億円以上が続き悪くなると数百億へわずかな期間で落ち込み激しさをもっています。しかし元々1000万以上のニーズは輸入車愛好家元来富裕層である長年、消耗品である自動車を乗り換えるのと同様の物あるいはそれ以上の物に買い替える為、マーケット規模があまり変動しないものと思われる。要するにその市場を仮に500億円とした場合、どのメーカーが他社の顧客を奪うというならば常にマーケットを支配する者が顧客を獲得する戦国時代の様なものであり、マーケットのイニシアチブを獲得する為のニーズ的な材料を持つこと、独占的なオンリーワン商品の開発に成功することが鍵である訳です。
しかし当社は長年、埼玉県八潮市木曽根1045-1とい地で営業を営み、売る先を考えずに(後のアフターサービスリスク)売れば、2005年7月期末の様に連結で40億以上の数字を挙げることが可能であり、その数年前、2001年7月期末は単独で23億を上げていました。同業他社の経営者達はなぜこれ程までに立地の悪い所で売ることができるのか、通常、ディーラー及び販売店は、大きな国道沿いに面しての立地が必要不可欠であり、たとえ軽自動車の販売店でさえも、ある程度の交通量を有する立地が必要不可欠である。当社は自らニーズを起こし、他では購入しづらいプレミアム性を持つ物を商品開発の段階から、いかに低コスト化を考えて、しかもニーズを重要にする時、注文時に顧客から必ず申込金を頂いて発注するスタイルをいまだに一貫しており、極力在庫をしない様に企業努力しています。リスク保全の立場からは非常に良く聞こえますが、しかし富裕者は“我がまま”である。当社の商品は通常発注(ドイツ、イタリア、イギリス、アメリカ等)してから日本へ上陸するだけで3カ月(早くて)掛かり、顧客がこだわりを持って装備や色を採用すると、へたをすると1年の期間を要します。長年納期の遅延による最終段階での値引きや、アクセサリーなどの追加を余儀なくされ、5%から6%近くの利益を失ったり、厳しい方ではキャンセルし申込金全てを返却せざるを得なかったり、石橋を渡る時に叩き過ぎて橋にひびを入れることもあると言うことです。又、立地が悪い為、都内西側地区(世田谷、目黒、港区など)のお客様の商談に行く場合、こちらからいくら来社を勧めても「埼玉の八潮」は栃木県の宇都宮、茨城県の土浦市とイメージが違わないようで、相当な事が無い限り来社してもらえず、当社営業マンはキャリアカー(積載車)で幾度も車輛を見せに行っては、路上で商談もできない様な状況や、又お客様の自宅から少し離れて人目を気にするあまり、草叢の荒知に車を降ろして見せたことも何度もあり、そんな所へ1台2000万円の車を置いてもインパクトがある訳がなく、商談にもならないことがいつも営業の実に60%以上もあるのです。
人の苦労は見えないと言うが、当社の営業はいつも泥水を飲みながら苦悩に耐え、営業活動している訳で、決してお客様からいきなり来社して購入することは少なく、ましてやいきなり来社して現金で買うような客ほどリスクが高く反社会組織の者や犯罪者だったりする可能性が極めて高い。そうした客を選ばないと売った後のアフターで利益を吹き飛ばされ、尚付き合わなければならない精神的苦痛を伴おうこともしばしあるのです。
当社は新宿区中落合の山手通り沿いに平成18年にサテライトショールームを出しましたが、来客する客はほとんどいませんでした。理由は詰めて入れて車輛4台分程度のレジデンスマンションの1階で、ドアを開けるのも一杯で約70㎡に事務所スペース、商談スペースを入れるには無理があったようです。悠々見れるようにすると3台になるのですが、山手通りの車の流れが速いことと、都内西南地区からするとほとんど行かない地区の為、そこで車輛を販売することは3年以上展開しても不可能でした。しかしその結果は今の当社グループには大きなリサーチ分析を得ることができましたのです。
グループ5社を傘下に入れ、ホールディング機能を外為事務及び輸入卸し(高級輸入自動車、資材)と輸出(ベトナム上場会社とのJV)グループ会社及び人事、総務を戦略的に行い、グループ連結で年商100億を目指します。2011年7月期、本社移転から10カ月の決算では年商(連結で)40億を予測、2年目からは60億~70億を予測し、ターゲットを100億とします。
日本の富裕者は、得に住所にこだわります。今まで取り逃がしたお客様をマーケットシェアの5分の1と、目標が明確になり、営業マンの士気が上げられ、しかも彼ら自身の志も上がります。営業戦略と同時に最も企業が伸びる為に必要な人材の確保、財務の戦略的な構築、企業の重要課題であるこの2つは、残念ながら八潮市では不可能でありました。経営から営業、経理及び、人事、総務の全てを代表である私がやるしかなく、営業と工場はかなり連帯意識を持って改革できてきましたが、経理、財務は全く10年前と変わっていません。変えることの勇気とタイミング、100年に一度の危機的な状況であるからこそチャンスと思う、何をやっても追い風の時は、ライバルや異業種からも資金さえあれば支配されてしまう、しかし今はチャンスの波をいかに捉え乗って、当社の得意な業況を独占し、独自のマーケットを構築し、これから世界が良くなっていく時に、いかに早い内にその波に乗るかである。同じような70㎡のスペースでも青山の六本木通り沿いにある株式会社ナツメ青山は、年商売上が46億円をそのスペースで上げているのに、少し場所がずれてしまうと全く富裕者達は足も運ばない。彼らの生活道路上のエリアに無い所にはまず行かない、ウェブや雑誌を見て来る人達は八潮も新宿落合も同じで、居住する地区が目黒、白金、広尾、世田谷から買い物する場所は、青山、原宿、六本木、銀座にしか出ないということ。しかも購入後、知人などに「どこで購入したか」と問われた時に「青山の」と地名がステイタスであること、誰もが八潮で購入したとは言わない。当社は製造業でもメーカーでもありません。超プレミアム性の高い超高級外車を販売する企業体であり、唯一立地が悪い、老舗でここまでやって参りましたが、企業戦略・ステージアップを考える時、1枚の名刺に刻まれた住所が中央区銀座8丁目クリスタルクリエイトビルということのアドバンテージがどれだけ成長戦略の上で販売量を大きく左右することであるか。株式会社オードプロジェクト-D GINZA の創設により、今までに取り逃がした都内の有力な富裕者の方々をお客様として囲い込み、八潮に来て頂いて当社のオートプロジェクト-D株式会社のファクトリーの設備や技術を是非試して頂くきっかけとし、双方における相乗効果を狙います。プレミアム高級輸入車の独占市場を開拓していく上で銀座を中心にうまく八潮の設備や技術を紹介し、競合他社の砦の中に入り込み、顧客を獲得していくものであります。ステイタスシンボルである場所は銀座で、テクニカル技術は八潮と言う訳です。その為の銀座計画であります。